大人の寓話

愚民のファンファーレ

第2話 輝ける新説

 

 ノイズ混じりのバット・チューニングではあったが「両外相の会談は決裂し、戦闘に突入」とだけは、はっきりとカーラジオから聴き取れ、乗車している二人の男は同時に舌打ちをした。  

 “有害物質廃棄所”と極太の白ヌキ書体で書かれた紅い看板を潜り込み、その車は減速した。

 「いつ着ても辛気臭い所だぜ…」

 助手席の男はフロントガラスに投げ出した左足を激しく揺すりながら呟いた。

 「連邦環境保護局でも一番薄給な俺達には、ここがお似合いってことさ。まあ、この情勢だと、いつまで死人の歯の詰め物を、火葬場から運んで糊口を凌げるかも怪しいもんだが…」

 運転手の吐き捨てた言葉に「あぁ…」と吐息とも付かぬ声紋で助手席の男は呼応した。      

 車を停車し、5つ程の柄袋を各々背に、鬱蒼と繁った杉林に分け入る。20メートルも進むと、ひと際目立つ大木が出現し、周囲を掘り起こした3メートル程の深さの穴に “カァーン、カァカァーン”と金属音を鳴らし、袋の中身を投げ捨てた。

 運転手が最後の袋を投げ入れ「こんな体に悪い物、昔の人間は、よく奥歯に入れていたもんだぜ。愚にもつかないこんな物で人生を左右されるなんて、当然、俺等で終いだろうがな」と、辟易した顔で、荒い呼吸を整えた。

 

 30数年前の非核大戦は、人命への配慮から完全な電脳戦となり、各国は敵の重要データー破壊を主要目的に、高度なハッキングを繰り返した。しかし、後半年の戦局の泥沼化は、民間へも波及。結果、僅かに残った紙データー以外、民族のアイディンティティー“歴史”を大量に喪失する。よって戦後、国民の意思統一が最重要課題の大国は、歴史の掘り起こしに力を注いだ。

 研究室の窓から空を見上げ、ため息をつく三津戸谷も、そんな国の期待を一身に背負い、その任についた一人だった。

 「博士、何をそんなに悩んでいるんです?」

 助手の香月は沈黙に耐えかねて訊ねた。

 「短絡な物の考え方しか出来ない君に、私の深い悩みなど到底分らんよ」

 「いや、だから先日お伝えしたように、あの発掘品は水銀と呼ばれるもので…」

 「そんな事は分っている!先日も国立紙資料館で、飛鳥時代、持統天皇という女帝が若さと美しさを保つ為に、水銀を飲んでいたと記した書物と出くわした。問題はあの大杉の周りにだけ、大量に発掘されることなのだ!」

 反発するように、香月が口を挟む。

 「高貴な人が重用していたってことは、神儀に使うネックレスだと思うのが普通では?大杉はご神体、例の物は神具。大きさも丁度、数珠玉程に皆、統一されていますし」

 「これだから三流大学出は話にならん。もっと深く洞察できんのか!」

 その後も二人の見解は平行線のまま、師走の声を聞く頃、三津戸谷は志半ばで急逝。死後の司法解剖に於いて大量の水銀を彼が摂取していたことが分った。

 「あの野郎。持統の真似してアレを溶かして飲んでやがったか。バカな野郎だ。始皇帝やら多くの権力者がこれで命を落としているってことも知らずに」

 研究は香月が引き継ぎ、謎の水銀体は、当初から香月が主張した論で、学会を通過した。

 香月は一躍、時の人となり、政府は考古学の最高権威、勲三等を彼に与えた。輝ける授与式は、香月の他、137歳の現役酪農家も同日、授与される運びとなり当日を迎えた。

 式典は順調に進み、香月の手慣れた挨拶は、この日、一番の歓喜を呼ぶ。一方、公式の場に慣れぬ老人は、ぎこちない所作に終始した。

 「こんたびは〜…、オラみたいなモンが〜…、死にそこないだのに〜…医学が進歩しただけで〜…」

 やっとここまで喋ると“カァーン”という金属音が張りつめた会場の静寂を破った。老人は真っ赤に染めた顔を押さえ「取れちまった〜…、歯の詰めモンが〜…」と天を仰ぐ。音の主は床を伝い、学会長の足下で止まった。主を拾い上げた学会長は、数分じっと凝視し、やがて叫んだ。

 「香月博士の勲位は剥奪!!」

 

 ワイパーの摩擦音に合わせ、助手席の男の投げ出された左足がそれ同様に動く。

 「あれを年寄り達は、奥歯に入れてたんだろ?」

 運転手は対向車のライトを右手で遮りながら「アマルガム」と面倒くさそうに答えた。

 「そんなもの骨と一緒に埋めちまえばいいだろうが」

 「環境、環境の、このご時世、そうもいかん。杉林の下に埋めるのもデトックスの為だしな。それに俺達はそれで飯を食えてる」

 助手席の男は、ウィスキー臭の混ざった息を口から吐き、煙で作った紫の楕円をゆっくりと指で切る。

 「あ〜あ、せめてあれに真珠くらいの価値でもあれば、ネックレスにでもして“古の霊験あらたかな神具”だと偽って、高値でさばくのによ〜」

 雨は激しさを増し、ワイパーは最速に切り替わった。

 

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第1話 幸福の取引

 

 「本当にあんた死神なのか?」

 園田は自身の描く頭中のイメージとのあまりの違いに老人にそう訊ねた。

 確かにそうだ。宙に浮いてさえいなければ、さぞ名高い高僧?否、あらん限りの笑みをたたえたその顔は、救済を義務付けられたメシアと言った方がピッタリくる。

 「疑い深い奴よの〜。ほれ、ここにドクロのマークが入っているのが見えるじゃろ」

 着古した木綿の被服を翻し、死神は申し訳程度の小さなドクロマークを園田に示す。

 「まあ、この際だ。あんたを死神と信じよう。そんな事よりさっき言った事は本当なのか?臓器を提供すればオレの命を救ってくれるって言ってたな。普通、逆じゃないのか!?それと、金持ちにもしてくれるとも言ったよな!?」

 「死神に二言はない!!」

 幾重に重なった目尻の皺が一瞬消滅し、凛と死神は言い放った。

 

 園田自身が一番信じられなかった。

 一週間もすると、僅かばかりの園田の土地がインフラ整備の対象となり、法外とも呼べる価格で国が買い上げた。

 死神に提供した、胃、肝臓の二臓器の変わりに購入した最新版疑臓器のクレジットはこれにて完財。擬臓器もすこぶる快調で、死に際だったのが嘘の様に、近年にない良好な体調も手に入れた。

 しかも、数年は遊んで暮らせる大金が手元に残ったままだ。

 「まだ、わしに用があるのか!?もう十分望み通りになったじゃろ〜て」

 園田の新居のリヴィングに呼び出された死神は過剰に置かれた調度品に目を白黒させた。

 「い〜や、こんなもんで満足するオレではない。こんどは膵臓、否、心臓も提供するからもっと贅沢な暮らしをさせてくれ!」

 醜悪な表情を浮かべ園田は死神に詰め寄った。

 「分った、分った。これで最後じゃぞ」

 「物わかりの良いじじいだ。さっさと臓器を抜き取れ!どうせ新しい擬臓器を購入すれば済む事だ」

 その後も園田は事あるごとに死神を呼びつけ取引をした。

 自前の臓器が目減りする程に、園田の生活は華やぐ。新たに始めたバイオ養殖事業の成功は、軍部の至近席を形造り、最後の臓器“心臓”を手放す頃には、急遽勃発した第三次非核大戦の煽りも受け、戦地へ送る食料物資全てを任せられるまでになった。

 過去の反省から当時の戦争は“サイボーグ達による地上戦のみで雌雄を決する”と国家間で取り決められ、核の使用も全面的に禁止されていた。

 戦地のサイボーグ達にも園田が届ける食品は概ね好評で、軍との際どい裏取り引きも含め、その事業は大きな利益を生んだ。

 正に彼は栄華の時を迎えたのだった。

 

 「死神と言っても所詮は宮使い。それにしても今日の閻魔大王の虫の居所にはホトホトまいったわい。これで臓器の横流しでもバレた日にゃ〜…あ〜、怖……。早く120年後の定年が来てくれんかの〜」

 迷宮出口の長い階段をトボトボ歩く死神は、地上での慈愛溢れるその表情とは程遠く、生気を失った窓際サラリーマンのそれに近いものだった。

 「おい、何しょぼくれているんだい?」

 死人を連れた擦れ違い様の、同僚が肩を叩く。

 「何って…。何時もの閻魔の…」

 ここまで発すると、死神は急に口ごもり、暫し感慨深げな間を取ってから囁く様に続けた。

 「その男は死んだのかい?」

 「ああ、戦地で流れ弾に当たってな。間抜けな奴さ」

 「おい、わしじゃ」

 死神は同行の男に声を掛けた。

 「じ…じ…い……」

 途切れ途切れの声の主は他ならぬ園田だった。園田は死神に掴み掛かり、堰を切ったかの様に捲し立てた。

 「てめ〜!おれに召集令状が来た時、あれ程助けを求めたのにいつまで経っても来やしね〜。おかげでこのざまだ!しかもこのじじい、おめ〜と違って、全然、融通が効かね〜。やい!おめ〜からこいつに言え!オレの全てと引き換えに今直ぐ地上に還せとな!」

 死神は何度も耳元に手をやる仕草を見せながら園田の訴えを聞こうとするのだが、困惑するその顔は、どうにもその叫びを聞き得ていない。

 大声を出し続けた園田が階段にへたり込んだ頃、やっと死神の口が動いた。

 「お前はもう人間じゃない。悪く思わんでくれ。サイボーグの言葉は人間専属のわしには聞こえんのじゃよ」

 死神は同僚の肩を力無く叩き「後は頼む」と小声で吐き捨てると、階段をまたトボトボと歩き出した。

 

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